まるよし食堂がオープンするまで、「できない」の連続でした。それでも、障がいのある方々、特に重度の障がいを持つ皆さんの幸せと学びを考えたとき、僕は「必ずこの場所を作る」と決意しました。
「できる」と言った人が、「できない」と言い始めるまで
始まりは、ある料理長との出会いでした。三枚肉、軟骨ソーキ、本ソーキ、手打ちのそば――大事にしたいメニューを、彼は「できます」と請け負ってくれました。
けれど、いつしか「できない」という言葉が増えていきました。シフトを組むこと、食材を仕入れること、仕込みの段取り――一つひとつに時間がかかり過ぎ、思うようには進みませんでした。スタッフへの厳しい言葉が続き、涙を流しながら辞めていくスタッフもいました。「休みを作りましょう。お店を閉めてでも、定休日を作りましょう、休憩してください」と何度も伝えましたが、変わることはありませんでした。
そして料理長は、ある日いなくなりました。
その後に届いたのは、「残業代を払ってほしい」という声でした。労働基準監督署、本人、社会保険労務士、保険会社、弁護士――多くの立場の方々を交えて、今も丁寧に話し合いを続けています。
正直、驚きも戸惑いもありました。けれど、ここで愚痴を並べて終わるつもりはありません。この経験もまた、僕たちが学び、次に進むための一歩だと思っています。
世界中の子供たちに、伝えたいこと
この出来事を通して、僕はあらためて考えました。世界中の人々に、そして世界中の子供たちに、伝えなければいけないことがあると。
先進国の中で、賃金が上がらない、経済も上向かない。そんな日本の姿を、子供たちにどう説明すればいいのでしょうか。子供たちに借金だけを残そうとする大人、自立できていない大人が、この国には本当に多いのではないかと感じています。僕自身もそうでした、だからこそ諦めません。
好きな仕事には一生懸命取り組めても、やりたくない仕事にどう向き合うか。林修さんも語っているように、この向き合い方こそが問われているのだと思います。ぽかんとしている場合ではありません。今、目の前の仕事にどう向き合うか。それが、この国の未来を変える一歩になるはずです。
苦しくなった時に、愚痴や不満だけを語る大人たちがいます。苦しくなった時に解決策を提示してくれる大人たちがいます。
皆さんはどちらでしょうか?
それでも、僕たちは前を向く
料理長との出来事は、決して楽なものではありませんでした。それでも、この食堂を作ると決めた日の気持ちは、今も変わりません。障がいのある方々、重度の障がいを持つ皆さんの幸せと学びのために。
「できない」から始まった食堂だからこそ、ここで働く一人ひとりが、「できる」を積み重ねていける場所にしたい。そして、この国の子供たちが胸を張って未来を語れるように、自立した大人たちの背中を見せていきたい。
これからも、この場所を育てていきます。
![まるよし食堂[公式]](https://maruyoshishokudou.com/wp-content/uploads/2026/01/グランドオープンまるよし食堂-2-2-1.png)
